観る

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全長2,217メートル。南魚沼産コシヒカリで知られた六日町盆地の山麓部より、切り立った岩山が特徴の八海山の4合目(標高1,147メートル・標高差771メートル)付近まで最速約5分(毎秒10メートル)で行くことができ、登山の交通手段としても観光用としてもご利用いただけます。
展望台からは霊峰「八海山」はもちろん、越後平野(長岡方面)や越後の山々、遠く日本海と佐渡ヶ島、北アルプスが望めます。

うっそうとした杉並木に囲まれた八海神社は、
「クニサヅチノミコト」、「ニニギノミコト」、「コノハナサクヤヒメノミコト」
を中心に9柱の御祭神をおまつりしています。
参道杉並木は、1836年に起きた大干ばつにより、水源かん養林造と景勝保全のため植林されたものです。その杉の多くが夫婦杉と呼ばれ、ひとつの根から2本の幹が仲良くよりそう姿をしています。ニニギとコノハナノサクヤヒメが夫婦である事から、夫婦和合の象徴として伝えられています。
また、地元の氏子上村家より奉納された子持ち安産石は、長く地域の女性の安産を見守ってきました。諸祈願をはじめ、特に夫婦和合と子宝安産を願い、多くの参拝者が訪れます。大晦日にはお焚き上げの大きな火に照らされながら、参拝者は朝まで列をなしています。

上越市高田生まれの富岡惣一郎氏(1922-1994)の油彩画『白の世界シリーズ』の大作約500点を収蔵、常設展示。富岡画伯の作品の特徴は、自ら開発した黄変、亀裂、剥落のない白油絵の具「トミオカホワイト」と、刀鍛冶に特注した長大ペインティングナイフで描きだされる、油絵とは思えない平滑、清澄、魅力的な輝きを秘めた、独特の白と黒の世界観にあります。殊にアメリカ人は「東洋の白」、「俳句そのもの」と評し、『トミオカホワイト』と呼んで親しんでいます。

スキー場中腹グリーンハウス前のキャンプ場です。 キャンプ場からの眺望は必見です!
五日町天池教育(いつかまちあまいけきょういく)キャンプ場は、眺望の良さと芝生広場が評判です。テントサイトから八海山、巻機山が眼前に迫り、魚野川の流れが一望できます。

三国川ダム上流の下津川と黒又沢が三国川に合流する十字峡から、三国川上流へ続く美しい渓谷です。渓谷沿いには遊歩道があり、十字峡から10分ほど歩いた所には山肌から三国川へと流れ落ちる「虹の滝」があります。
しゃくなげ湖(三国川ダム)の上流に見える十字峡周辺は紅葉の名所になっています。

五十沢川上流、永松、蛭窪奥地付近の延長6kmにもおよぶ渓谷美を誇る”裏巻機渓谷”。
両岸は高さ数100mの絶壁が屏風のようにそそり立ち、安山岩、花崗岩、閃緑岩類等の岩肌ともみじ、楓、松の樹林が美しいコントラストを描きます。河床には巨大な岩石が連なり、砥石のように滑らかな様は渓流の流れの激しさを物語ります。
滝も数多く、絶えまなく水音が岩にこだましています。

下津川と黒又沢が三国川に合流している箇所である「十字峡」は、地図上で「十」の字のように見えるスポットです。「十字峡親水公園」は、駐車場・ベンチ・トイレなどが完備されています。緑と水に囲まれた公園で、自然観察や森林浴にもぴったり。川は深さもあまりなく、水遊びを楽しむ子供たちや岩魚などの釣りを楽しむ人々で賑わっています。
近隣には三国川(さぐりがわ)ダム などもあり、レジャーにぴったりです。

三国川ダムは越後三山を源にする三国川の水を利用することと、洪水を防ぐことの2つの目的のために作られたダムです。
このダムができたおかげで、大雨が降っても安心して生活でき、人々の暮らしの中で大切な水や電気を起こす役目も果たしています。
五十沢地区にあるしゃくなげ湖(三国川ダム)周遊コースは紅葉観光の名所。
また周辺には、オートキャンプ場や釣り堀などもあり、家族で川遊びやキャンプを楽しめるスポットです。

広さ3万の広大なキャンプ場。春の山菜採り、夏の溪流釣りとオートキャンプ、秋の紅葉、きのこ採りと山を楽しむのにこれ程恵まれた場所はないでしょう。コテージも完備されています。

永正7年(1510)支配者で関東管領上杉顕定が下克上による死によって上田荘は、被官であった長尾氏の所領となりました。上田荘は、魚野川舟運、鉱山資源、麻織物など、運上による豊かな財力を背景に同9年長尾房長が本格的に築城したといわれています。
実城(山頂)への三筋の尾根の要所をたち切り大規模な曲輪を配して堅固に要害化し、山裾に御館を構営、山麓を流れる魚野川を第一の防御線とし関東を結ぶ交通の要衝となりました。永正の乱、天文の乱、御館の乱など、越後の命運をかけ北条や織田の軍を撃退した戦歴を誇っていました。
長尾時代の最後の城主喜平次顕景(後の景勝)が叔父上杉謙信の養子となり春日山へ入城した天正3年(1575)後は、重臣を配し支城の役割を負いました。
慶長3年(1598)景勝の会津国替後は、堀直竒が二万石で入城、石垣を築くなど、さらに堅固に改修されたといわれています。同14年直竒の信州飯山城への転出により、坂戸城は廃城となりました。

銭渕公園内にある、直江兼続の生家をイメージして造られた史料館です。古民家を移築したもので、当時の生活を垣間見ることができます。兼続公が使ったと伝わる南魚沼市所蔵の軍配・変わり兜をはじめ、不落の名城・坂戸城のジオラマなど、歴史ファンならずとも興味深い品がいろいろ揃っています。

公園には四季折々の花が咲き、整備された遊歩道をのんびりと散策できます。
園内の小川には水芭蕉が咲き、一足早い春を誘います。
また、約100本もの様々な桜の木が一斉に花を咲かせ、訪れる方々に大きな感動を与えてくれる桜の花見スポットでもあります。
また、ホタル鑑賞スポットとしても近年人気です。

地元の人もあまり知らない桜の穴場スポットです。鎌倉沢川の改修工事で生じた旧河川敷を活用して作られた公園です。
公園には、昔の鎌倉沢川と1934年につくられた古い砂防施設が残されており、砂防施設は南魚沼市の登録有形文化財にも指定されており、それを眺めながらゆっくりお散歩するのもいいですね。

館内には、『北越雪譜』の初版本をはじめ、山東京伝、十返舎一九、滝沢馬琴など江戸の
文人と交流したことを物語る資料や、牧之が当時の秋山郷の様子を客観的に記録し、民
俗学的にも高い評価を得ている「秋山記行」関連の資料を展示しています。
また、雪国越後の民具や雪に関する資料、ユネスコ無形文化遺産で国の重要無形文化財
でもある「越後上布」の製作工程なども展示しています。

金城山の山麓にある禅寺で越後曹洞宗四大禅寺の一つ。境内は多数の観音、10メートルの佛舎利塔、樹令300年以上の老杉に囲まれ、霊場にふさわしい雰囲気をかもし出しています。また、上杉家の菩提寺だっただけに、上杉家にまつわる宝物や史実を証明する貴重な古文書も数多く保存されています。「雲洞庵の土踏んだか」という言葉がありますが、これは一字一石にお経を記し、埋められた赤門からの参道を踏んでお参りすると、仏の御功徳が身につくという言い伝えからきています。

天正5年7月、上杉謙信公から、上杉軍関東征旅の宿城・樺沢城を護る龍澤寺宛に「門前五間」の御朱印状(市指定文化財)を賜っています。ほかに景勝公の奥方菊姫護身用の薙刀やゆかりの品々も、訪れる人々に、歴史を如実に静寂の語りかけをしています。
現在の堂宇は、江戸幕府八代将軍・徳川吉宗の時代、元文2年(1737)に再建されたもので、魚沼三十三番霊場の第二十三番礼所にもなっています。

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