うっそうとした杉並木に囲まれた八海神社は、
「クニサヅチノミコト」、「ニニギノミコト」、「コノハナサクヤヒメノミコト」
を中心に9柱の御祭神をおまつりしています。
参道杉並木は、1836年に起きた大干ばつにより、水源かん養林造と景勝保全のため植林されたものです。その杉の多くが夫婦杉と呼ばれ、ひとつの根から2本の幹が仲良くよりそう姿をしています。ニニギとコノハナノサクヤヒメが夫婦である事から、夫婦和合の象徴として伝えられています。
また、地元の氏子上村家より奉納された子持ち安産石は、長く地域の女性の安産を見守ってきました。諸祈願をはじめ、特に夫婦和合と子宝安産を願い、多くの参拝者が訪れます。大晦日にはお焚き上げの大きな火に照らされながら、参拝者は朝まで列をなしています。
永正7年(1510)支配者で関東管領上杉顕定が下克上による死によって上田荘は、被官であった長尾氏の所領となりました。上田荘は、魚野川舟運、鉱山資源、麻織物など、運上による豊かな財力を背景に同9年長尾房長が本格的に築城したといわれています。
実城(山頂)への三筋の尾根の要所をたち切り大規模な曲輪を配して堅固に要害化し、山裾に御館を構営、山麓を流れる魚野川を第一の防御線とし関東を結ぶ交通の要衝となりました。永正の乱、天文の乱、御館の乱など、越後の命運をかけ北条や織田の軍を撃退した戦歴を誇っていました。
長尾時代の最後の城主喜平次顕景(後の景勝)が叔父上杉謙信の養子となり春日山へ入城した天正3年(1575)後は、重臣を配し支城の役割を負いました。
慶長3年(1598)景勝の会津国替後は、堀直竒が二万石で入城、石垣を築くなど、さらに堅固に改修されたといわれています。同14年直竒の信州飯山城への転出により、坂戸城は廃城となりました。
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